京都観世会4月例会
Monthly Performances (April)

公演日時:2019/04/28(日・SUN) 11:00~
主催:京都観世会
演目:
(能) 歌占        分林道治
(狂言)茶壺        小笠原匡
(能) 熊野 読次之伝   観世銕之丞
       村雨留
       墨次之伝
(能) 船橋        橋本光史
入場料:
一般前売 ¥6,000
一般当日 ¥6,500
学  生 ¥3,000

演目解説

歌占 うたうら
白山の麓の者が、幼い子を伴ない、歌占を引きにくる。歌占とは弓の弦に歌を書きつけた短冊を付け、その歌を引かせて吉凶を占うものである。歌占の男覡は、もとは伊勢の神職であったが、ある時頓死し、三日の後に蘇生した。それより白髪になったという。男覡は二人に歌を引かせ、それを判じる。ところが、父の行方を尋ねているという幼子の歌占には、すでに父に逢っているとの占が出た。不思議に思い、名を尋ねると、それはわが子であった。親子再会を喜び、帰国の名残に「地獄の曲舞」を舞ううち、男覡は神に憑かれて狂気乱舞する。
やがて神も上がり、父子はうち連れて伊勢へ帰って行った。

熊野 ゆや
平宗盛の寵姫=熊野のもとへ、故郷の遠江から朝顔が病母の便りを持参する。心弱くなっている母の様子に、熊野は宗盛にその手紙を披露して、母に会いたいと暇を乞うが宗盛は許さず、自分のエゴから、花見の供を命じ、牛車で清水寺に向かう。途中、都大路の春景色にも熊野の心は母を案じてなごまず、下車をするとまず観世音に母の快癒を祈る。やがて花の下での酒宴が始まり、熊野は心ならずも舞を舞わされるが、折しもにわかに村雨が降り出し、熊野は舞をやめて、「いかにせん都の春も惜しけれど馴れし東の花や散るらん」と、一首の歌を短冊にしたためて宗盛に差し出すと、宗盛はさすがに哀れを感じて帰国を許し、熊野は喜んでその場から故郷へと急ぎ出立するのだった。
「村雨留」の小書が付くと、舞の間に驟雨がおとずれるという心で、舞の途中で舞いあげる。笛の調べを変えたり、囃子の手に変化を持たせることで、シテの想いにも参画しようとする。
また、「読次之伝」では、〔文〕をシテ・ワキ二人して読み、「墨次之伝」では〈短冊之段〉で歌をしたためるとき、途中で一度墨を次ぐ。

船橋 ふなばし
三熊野の山伏が松島・平泉へ下る途中、上野国佐野の里に着くと、その里の男女が現れて、橋の建設の為の寄付を乞う。山伏が橋の由来を訊ねると、二人は『万葉集』の中の「上野(東路)の佐野の船橋とりはなし……」の歌を引き、昔この所に住んでいた男が川を隔てて住む女と恋仲になり、この船橋を恋の通い路として毎夜通っていたが、これに反対した二親が橋板を外してしまう。ところが二人はこれを知らずに踏み外してしまい、水中に落ちて死んでしまったことを語る。そして実は自分たちこそがその二人であると明かし、回向を頼んで消え失せる。〈中入〉
そこで山伏が加持して成仏を祈っていると、二人の亡霊が現れ、男は地獄の苦患を見せる。その様子を見た山伏は気の毒に思い、執心を振り捨てて昔をなお懺悔するようにすすめる。そして山伏の法力によって救われたと言って喜び消え去って行く。
男女の恋愛をモチーフにした曲では《女郎花》や《錦木》と同様、和歌や歌物語から題材をとったものであるが、親の反対を買う恋愛であっただけに地獄に陥る苦しみの度合いは本曲が最も強いように思われる。

出演者紹介
CAST

分林道治
Michiharu Wakebayashi
日本能楽会会員

小笠原匡
Tadashi Ogasawara
日本能楽会会員

観世銕之丞
Tetsunojo Kanze
日本能楽会会員

橋本光史
Koji Hashimoto
日本能楽会会員